あれから15年

15年前の今日、現役サラリーマンだった私は会社の3階事務所で仕事をしていました。午後、突然の大きな揺れ。どれくらい続いたでしょうか、ユラユラと横揺れが続きました。ほどなくして揺れは収まり、私は仕事を途中で切り上げ、八日市(東近江市)にある法務局へ向かいました。2か月前に父が亡くなり、その関係でいろいろと法的な手続きをする必要があったのです。法務局への移動中はついさっきの地震のことは(結構大きな揺れだったなあとは思っていましたが)特に気にしていませんでした。ところが、法務局に着いてロビーに設置されているTVのニュースを目にした時、「えっ!!」と絶句しました。巨大な津波が街を飲み込んでいく光景が映し出されていたのです。

 2年後、その東北地方に妻と二人で旅に出ました。前年には人事異動で単身赴任となり、さらにはその間に妻が大きな手術で2か月入院するという激動の年でしたが、2013年には妻のリハビリも一段落、会社の勤続30年の休暇をもらってリハビリを終えたばかりの妻を連れての8日間の東北の旅に出ることにしたのです。その目的のひとつは震災で大きな被害を受けた街を訪れ、復興に少しでも役に立つようにお金を落としてくることでした。仙台まで新幹線で行き、仙台からレンタカーで北上し、中尊寺、雫石、八戸、八甲田山、奥入瀬、十和田湖、八幡平、松島、石巻、女川と東北地方を縦断しました。途中、奥入瀬で蜂に刺されたり、女川では中村雅俊のお母さんの友達に出会ったり、まあいろいろなことがありました(詳しくは13年前の7月に書いていたブログをご覧ください)。父との別れ、東日本大震災、単身赴任、妻の手術、東北縦断の旅... 2011年から2013年は心に残る2年間でした。

 年が明けてすぐに父が亡くなり、法事が一段落した頃に大地震という忘れられない大事件が続いた2011年、あれからもう15年も過ぎた... 地震の被害を受けた東北地方では未だに元の生活に戻れない人がたくさんおられるとのこと、本当に心が痛みます。またいつか、東北巡りをゆっくりしたいものです。そして、1日でも早く、多くの方々が元の生活を取り戻せますように。

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